水野 猛史(みずの たけし)

お客さまにも、上司にも、職人さんにも、そして父である会長にも。
色んな人に育ててもらったなと感じています。
父の意志を受け継いで、東都ハイムを後世に残る会社にしなければと思っています。


【名前】水野 猛史(みずの たけし)
【所属・役職】代表取締役社長
【生年月日】1974年2月2日(みずがめ座)
【血液型】O型
【出身】旧岩槻市
【資格・特技】二級建築士
【趣味・お休みの日の過ごし方】

家族と過ごすことが多いです。
最近は自転車にもよく乗りますね、会社まで自転車通勤をしてます。

 

■あなたのお仕事を、わかりやすく教えてください。

 

家づくりの設計から費用の計算、お客様との打ち合わせ、現場の進行状況まですべてを確認しています。

 

悩み続けた結果、私が選んだのは「東都ハイムの二代目」でした

 

元々父は、私の進学や進路の事には口出ししない人だったのですが、小さい頃から社長である父を見て育ちましたので、心の奥底では「家のプランを作って、形にする仕事」に、興味があったんだと思います。小さいころに現場に遊びに行って、大工さんに1部屋1部屋間取りの説明をして頂いて、「すごいなー、家を造ってる」って思ったことを、今でも鮮明に覚えていますから。
でもそれ以降は建築とは無縁の生活をしていましたので、高校を卒業するとき父に「建築の専門学校に行く」って伝えた時は、きっと驚いたと思います。

専門学校を卒業した後は、地元の建設会社に就職しました。
元々は設計に携わりたかったんですけど、「現場での仕事の流れや細かなおさまりがわからないのに、設計など出来ない」と当時の社長の教えもあり。実務経験としてまずは現場の管理を任されました。
加えて、一年もすると後輩の指導に追われるようにもなり・・・
最初の数年間はとにかく辛かったですね。記憶に残るような失敗もしました。

でもその度に、「自分はお客さまにとって、一生に一度の買い物の担当をしているんだ」って自分に言い聞かせて何とか乗り切ってきたんです。

結局はその会社で現場監督の仕事を14年間やったのですが、東都ハイムに入社するとは、考えていませんでした。

4ただ、14年もするとエリアマネージャーのような仕事も増え、その時に「このままでいいのか?」と悩むようになりました。
このまま一定のポストに就けるとしても、決まりきった仕事しかない。

一方で親の会社を継げば、苦労はあっても自分のやりたいようにできる。

悩み続けた結果、私が選んだのは「東都ハイムの二代目」でした。

 

先ほど言っていたように父は進路のことに口出しをしない人でしたが、思い起こせば、むかし親戚の集まり等で、「後を継いでほしい」と思わせるような発言はしていたこともあります。
「やんないよ~」なんて当初は聞き流していましたが、私自身にも後を継ぐことは頭の片隅にありました。

今は父の意志を受け継いで、東都ハイムを後世に残る会社にしなければと思っています。

今となっては、お客さまにも、上司にも、職人さんにも、そして父である会長にも。
色んな人に育ててもらったんだなと感じています。

 

意地になって貫いているプライドは「お客さまと向き合うこと」です

 

前の会社の話になりますが、運送会社の社長さんの家を担当した時でしょうか。
過去に色んな苦労を経験しているからこそ、シッカリと筋を通す人だったんので、大変厳しい人だったんです。何度も打ち合わせを重ねました。
当時はプレッシャーもあり大変でしたが、家が完成した時に慰労会を開いてくださったんです。その席で、涙を流してお礼を言ってくださったたんです。

5正直な話、当初は「うるさい人だなー」って思っていました。
でもそんな風に感謝をされて、「もっとちゃんとしなくちゃ」と思ったんです。

当時の僕は髪の毛も茶髪で、ちょうど同じ時期に別のお客さまから「そんな見た目の人、信用できない」って言われたりもしていていました。

 

 

引き渡しの時に「ここに傷がついてる」とか、絶対に言わせたくない

 

ある日、引渡し前に自分が監督を担当した現場のチェックで上司に呼び出されました。

「お前、ここを見てみろ」

見ると洗面化粧台のビスが、1つだけ閉まっていなかったのです。

「目に見える箇所のビスが閉まっていない事に気づかないのなら、見えない所で締め忘れたビスがどれだけあるんだ?そんなヤツがこの家の監督をしたのか?」と。

「・・・そうです」

私は、それしか答えられませんでした。
すごく悔しかったですし、腹が立ちました。
自分自身に。

「自信をもって引き渡しをするために、ビス一本であろうと全てチェックしよう」
私はこの時から、もっと真剣にお客さまと、現場と、建築という仕事と向き合おうと決意しました。

合格点である80点の仕事じゃなくて、常に100点の仕事がしたい。

それは自分のプライドや意地を守るためでもありますが、多くのお客さまにとって家づくりは一生に一回。
引き渡しの時に「ここに傷がついてる」とか、絶対に言わせたくないと今でも思っています。

 

この取り組みは会社にとって、何よりお客さまにとって絶対に必要

 

東都ハイムに入社した後、現場管理についての改革をしました。
一年くらいかけて現場管理についてのすべてを見直したんです。

なぜかというと、家づくりは家が建つまでの過程がすごく大切なんです。
当たり前の話ですが、お施主さんの要望を形にしていくわけですから、当然希望通りの家を建てなくてはいけません。
そこに少しのミスがあったりしてはダメなんです。
私自身が、先ほど話したようなことも体験していますしね。

そのために以前からお付き合いのある職人さんや、協力してくれる人を呼び寄せたり、自分の考えに共感してくれる職人さんを中心に、改革を行いました。
私が入社して思えば、急にそういうことを口酸っぱく言い始めたので、当然それを嫌がる方々もいました。

ただ、この取り組みは会社にとって、何よりお客さまにとって絶対に必要だという強い気持ちがありましたので、結果としては気持ちの通じ合う、志の高いメンバーと共に家づくりをすることが出来ています。

 

お客さまの価値観を皆で共有したい

 

まず楽しみたいというのが第一にありますね。楽しんで仕事がしたいし、従業員にも仕事を楽しんでほしいです。
これまで現場でやって来たので、基本的に自分は職人気質なんだと思いますが、今の社長が持っているような、経営者としての感覚を磨いていきたいです。

6家づくりが中心という軸は変えないですし、その中でも目先の利益に目を奪われず、手を抜かずに一生懸命取り組んで、それが後に成長の糧になればいいと考えています。

今後は各分野のスペシャリストの質を高めて、相互に協力し合う事でお客様にとってベストな暮らし方の提案をしていきたいです。

お客さまの価値観を皆で共有して、家づくりを笑顔で楽しんで貰えれば嬉しいですし、そういった積み重ねで、地域の会社として貢献できればと思います。